『コロッケそば』
2022.05.27
ある日の夕刻、夕食の支度をしている後ろで息子が言い出した。 「お母さん、『コロッケそば』が食べたいんだけど……」 「えっ?あなた、おそばとかそんなに好きじゃないわよね?」 「うん……でも食べてみたい」 「今度つくってあげるけど、あんまり子どもが食べるようなものじゃないわよ」
夕食時に息子がまた言い出しました。いつもよりも早めに帰ってきて、一緒に食卓を囲んでいた夫に対して、「お父さん、『コロッケそば』って食べたことある?」 夫が答える。「あるよ。駅の立ち食いそばでたまに食べる。でも、『コロッケそば』なんて、どこで聞いてきたんだ?」 「塾で受けた国語のテストの文章に書いてあった」 「あれ、意外にうまいぞ。今度連れて行ってやろうか?お父さんの会社のそばの駅にある立ち食いそば……」 「行きたい!」 私は「そんなの家でつくってあげるから。わざわざ行かなくてもいいわよ」と言ったのだが、息子は「立ち食いそば、行きたい!」 夫が「よし、わかった。今度の土曜日に連れて行ってやるよ。塾のテストの後で一緒に行こう」 「そんな中途半端な時間に『おそば』なんて食べたら、夕飯が食べられなくなるわよ……」 「いいから、いいから」
次の土曜日、約束通り夫は、塾でテストを受けた息子を迎えに行き、その足で会社の近くの駅まで連れて行ってくれた。帰ってきてから、息子は目を輝かせながら報告をしてくれた。もちろん、テストの出来に関してではなく、立ち食いそばの様子や「コロッケそば」の味について。入るとまずは自動販売機で食券を買うところから始まり、思っていたよりも値段が安かったと話す。出来上がったら番号で呼ばれるので、カウンターまで自分で取りに行かなければならない。机の上に箸が置いてある。「立ち食い」だけれど、奥の方には座れるところもあった。お父さんは七味をかけていたけれど、自分には「まだ早い」と言った、などなど。背負っていたリュックは他の人の邪魔になるから床に置きなさい、とお父さんに言われた、そんなことも話してくれた。最後に息子は言った。「ぼくも大人になったら、立ち食いそばが食べられる会社に行きたい!」
今回は、ちょっと趣向を変えて「物語風」に書き出してみました。とは言っても実話です。ある日の授業後、「先生、『コロッケそば』って食べたことある?」と聞いてきた生徒がいました。 「なんで?」「ぼく、この間食べたんだ……」そんな会話をしながら、校舎の入口まで一緒に行きました。お迎えにいらしていたお母様に「『コロッケそば』の話になったんですけれど……」と申し上げたら、「そうなんですよ、実は……」ということで教えていただいた内容を少し脚色してみたのが、このお話です。
素敵なお父様だなと感じました。子どもが興味や関心を持ったことについて、まっすぐにとらえて正面から向き合おうとなされているのが感じられました。たかだか「コロッケそば」かもしれませんし、わざわざ電車に乗って食べに行かなくてもよいのかもしれません。子どもにとっては、もっと美味しいものもあるでしょうし、もっと楽しいところもあると思います。しかし、お子様にしてみれば自分が「食べたい」「知りたい」と思ったことを、親が真剣に受け止めてくれて、食べに連れて行ってくれたことは本当にうれしかったのではないでしょうか。向かう途中の電車の中で、お父様とどんな会話をしていたのかはわかりませんが、ワクワクした気持ちで電車に乗っていたことでしょう。
昨年の10月に公開になった早稲田アカデミーのブランドムービー「虫好きの少女」篇をご覧になられましたでしょうか。虫好きな少女が成長していく姿と、それを見守るご両親の姿が描かれている、とても素敵なムービーです。夏らしくなってきて、「カブトムシを持った麦わら帽子の少女」の笑顔を思い出して、先日私ももう一度見てみました。そのときに記憶がよみがえってきて、今回の「コロッケそば」の生徒の話を書くことにしたわけです。「虫好きの少女」はこのページご覧いただけますので、よろしければ、ぜひ。
さて、私がお母様から「コロッケそば」の顛末をうかがっている間、その生徒は黙って聞いていたのですが、帰り際に「先生も『コロッケそば』食べた方がいいよ!」と言ってくれました。 もちろん、私も食べたことがあります。立ち食いそばではいつも券売機の前で「かき揚げそば」か「コロッケそば」かで悩んでいます。
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