『かしこいハンス』
2023.03.24
19世紀末のベルリンで「計算ができる馬」として有名になったハンスという馬がいたのをご存じでしょうか。 飼い主が計算問題などを出すと、ハンスはその解答を蹄(ひずめ)で地面を打って答えてくれたそうです。高度な知能をもつ馬として多くの人の前で実演し、見た人々を驚愕させたそうです。
飼い主の「ハンス、6ひく3の答えは何になる?」という質問に対して、ハンスは脚を上げ、蹄で地面を3回打って答えたそうです。「7たす3」という質問をすると、10回蹄を鳴らして正解を答えていました。単に計算ができるだけではなく、飼い主が発した質問の意味が理解できているということ、つまり言語を聞き取れているという点にも、人々は驚いたそうです。さらに計算問題を紙に書いて見せても、正しい答えを出すことができたという話です。
当然、何かのトリックがあるのではないかと考えた人も多く、ドイツの教育委員会が複数の専門家を集め、チームを組んでそのトリックを見抜こうとしました。専門家の中には、大学教授や獣医師なども含まれていたそうです。最初に疑われたのは飼い主がなんらかの合図を出しているのではないかという点だったのですが、飼い主を観察していても、その素振りは見受けられませんでした。さらに驚くことに、ハンスは飼い主以外が問題を出しても正解を出すことができたのでした。
結果として、「ハンスの言語能力、計算能力は本物である」というのが、このチームの結論になりました。 ところが、はじめの調査から3年後に、ハンスの真の能力が明らかになりました。一つの実験として、出題者や周囲の観客が正解を知らない問題を出したところ、ハンスは蹄をずっと鳴らし続けていたのだそうです。残念ながらハンスは、言葉を理解しているわけでも、計算ができるわけでもありませんでした。彼は飼い主や周囲の観客の反応を察知して、蹄を止めるところを決めていたのでした。
正解が「10」だとしたら、見ている人々は蹄の回数が10に近くなってきたところで、無意識のうちに緊張してきます。そして、それが身体の動きや表情に現れてきます。その微妙な人間の変化を読み取って、ハンスは正解を出していたのだという結論が出たわけです。
この話は心理学ではよく扱われる話です。面白い話ですので、心理学の授業の基礎的な段階で取り上げられることも多くあります。ご興味のある方はインターネットで検索していくとさらに詳しい内容が載っていますので、よろしければご覧いただくとよいでしょう。
先生の顔色や様子を気にする生徒がいます。特に小3くらいまでの低学年生に多いのですが、問題を解いている途中で「これでいいの?」という顔をして、講師の顔を見てくるケースがあります。笑顔でうなずくと、安心して続きを解き始めます。低学年のうちであればよいのですが、この解き方を高学年になっても続けていくと、教えてくれる人がそばにいないと問題を解ききれなくなってしまう危険性も生まれてきます。学習における「依存心」は、なるべく早い段階でなくしておいた方がよいと考えています。
ハンスの話に戻ります。残念ながら、言語能力・計算能力を持っていたわけではありませんが、人間の心を察知し読み取るという特殊能力を持っていたわけです。先ほど「ハンスの真の能力」という表現を使いましたが、この力も非常に優秀な能力だということもできると個人的には考えています。もしかすると、言語を持たない馬同士では、言語に頼らないコミュニケーションが普段から行われているのかもしれないと思います。ハンスはそれを人間に対して行ったことになります。
昨今、話題になっている「協働力」という言葉があります。チームとして協力して成果を上げていく、という意味になりますし、そのチームの中で自分の役割をしっかりと果たしていく力とも言われます。その「協働力」の土台となるものとして「他者理解」という言葉があります。自分とは違う環境や文化、価値観などを持った人間を理解する意識が必要になるわけです。単に相手と自分の違いを理解するだけではなく、相手の感情を理解することが次には必要になってきます。人間は幼児期から相手の感情を直感的に感じ取る能力を身に付けていますが、それをさらに意識して伸ばしていくことも必要なのではないでしょうか。協働していくためには、他者の感情を理解し、人の心への洞察力や共感性や思いやりの心が、きめ細かく洗練されたものにしていくことも大切だと考えています。
ハンスの飼い主は、ハンスが計算問題に正解をする仕組みが判明してからも、ハンスの計算能力・言語能力を信じていたそうです。ちなみに私が飼っている犬も、お散歩のときには「右!」と言うと右に、「左!」というと左に、ちゃんと曲がります。
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